国際校ライフ① 「日本人組と多国籍組」

前回の記事でも少し触れましたが、僕が通っていた海外の国際校(インターナショナル・スクール)では日本人生徒のほぼ全員が日本人同士で固まっていて、その他の生徒は色んな国の生徒同士で混ざっていました。

もともと日本人が多い学校でしたので、生徒がこの二つのグループ(日本人組多国籍組)にはっきり分かれていました。 

見えない壁

この二つのグループは正式に分離されていたのではなく、お互い仲が悪いというわけでもありませんでしたが、昼休みは別々の場所で行動してましたし、休み時間中に使える2つのサッカーのフィールドも片方は日本人組が使ってもう片方は多国籍組が使っていたくらい分かれていました。

グループ間の交流はほとんどありませんでしたし(そもそも日本人組は一日中ずっと日本語で話してるので)、まるで見えない壁があるような感じでした。

そのため、同じ学校なのにまるで二つの世界が存在するような環境でした。

僕の場合

僕は9才の時から海外の国際校でしたが、最初から多国籍組でした。日本人生徒の99%は日本人同士で群れていたわけですが、僕にとってそれはむしろ不自然に感じました。

せっかく海外まで来て多様で多国籍の環境にいるのに、わざわざ自分の国の人同士で固まることが理解できませんでした。僕は国籍を問わず色んな人と交流したかったですし、国籍を理由に仲間を選ぶという発想が嫌でした(日本や日本人が嫌いだったのではありません)。日本人以外の生徒を除外することはその生徒たちに失礼だと思いました。

 

「多国籍組に入れば英語が上達する」とか「国際人になりたい」とか、大きなことは考えていませんでした。

ただ自然に思ったことをしただけでした。

 

その結果、僕は小学校後半から大学までの10年以上の間、家以外で日本人と接することや日本語を使うことはほとんどありませんでした。

いわゆる formative years(形成期)の間、ずっと色んな国の人と遊び、グローバルな環境に浸りきって、英語優位で育ちました。

振り返りますと、国際性が最大限に伸びるような育ち方だったと思います。

A double-edged sword (諸刃の剣)

しかし、これは自慢とかではありませんし、僕の経験も決して良いことばかりではありません。

僕は現在も「国際人」としてのアイデンティティーが強いですし、これからも大切にしたいと思っています。また、日本には国際人やバイリンガルに憧れを持つ人も少なくないかもしれません。

しかし、このような育ち方や生き方にはプラス面もあればマイナス面もあります。

このシリーズでは、その両面を含め、国際校で育った経験とその影響について書いてみたいと思います。